芸術色彩研究会

芸術色彩研究会からのお知らせと記録 | 公式ウェブサイトgeishikiken.info |
京都造形芸術大学でトークイベント開催致します

この度、京都造形芸術大学、伝統文化イノベーション研究センター(K‌Y‌O‌T‌O‌T5)ご厚意

により京都でのトークイベント開催が決定致しました。

以下詳細となります。

直近のお知らせとなってしまい申し訳ございませんが、お時間ございまいたらお越しいただけますと幸甚です。

芸色研メンバー一同

 

 

「色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって」

<京都編>

 

 

 

同日開催:日本画材工業会主催 画材相談会

 

会場 京都芸術造形大学 ギャルリーオーブ 吹き抜け

 

日時:11月17日(土)

   13:00-15:00 芸色研トーク 

   15:00-17:30 画材相談会

 

   「参加費無料・入退場自由」

 

企画 芸術色彩研究会

共催 伝統文化イノベーション研究センター(K‌Y‌O‌T‌O‌T5)

   日本画材工業会

協力 京都技法材研究会

 

 

◆ トーク概要

 絵画は色彩だけではなく、質感も視覚心理に働きかける重要な要素です。特に日本は、西洋圏に比べて質感に関する感性が豊かな文化だと言われています。例えば日本画で使われている顔料は、もともと鉱物が原料になっています。そのため「岩絵具」と言われており、光輝性を持った独特な質感があります。こうした岩絵具をはじめ、和紙などの日本で使われてきた画材の魅力とは何でしょうか? そして現代の芸術においてどのような価値があるのでしょうか?

 これまでの美術大学や国内の美術業界における議論では、その特性について国際的に価値を説明するのは困難です。一方で、ニュートンから始まる近代の色彩理論だけでも、各地域で異なる色彩感覚や質感などについてすべてを論じることはできません。わたしたちは、環境、知覚、認知、言語の絶え間ないフィードバッグによって文化圏特有の「色彩感覚」「質感感覚」を醸成しており、画材にもそれは息づいています。今回のトークイベントでは、昨年行われた議論を踏まえつつ、文化を国境線で区切ることなく、地理的、風土的な意味での日本の画材に潜む色彩・質感感覚について考えます。また、美術の問題だけにとどまらず、近年の認知科学の発展に伴う自動車、化粧品、ファッションまでを射程に入れた色彩・質感研究の現在にも迫ります。素材と感性、両面からの普遍的な議論を通して、日本の画材を、例えば「日本画」から解放してこそ、その魅力を世界に向けて伝えることができるのではないでしょうか。

 

 

◆ 芸術色彩研究会(芸色研)とは

中村ケンゴ、三木学、岩泉慧による研究会です。昨年、画材ラボ PIGMENT(東京都品川区)で開催されたトークイベント「色彩と質感の地理学―日本と画材をめぐって」を機に発足しました。

 芸色研では、芸術表現における色彩の研究を、狭義の色彩学に留まらず、言語学や人類学、工学、認知科学など様々なア

プローチから行います。そして、色彩から芸術表現の奥にある感覚や認知、感性を読み解き、実践的な創作や批評に活かすこと

を目指します。

 ここで指す色彩は、顔料や染料、あるいはコンピュータなどの色材や画材だけではなく、脳における色彩情報処理、また素材を

把握し、質感をもたらす要素としての色彩、あるいは気候や照明環境など、認知と感性に大きな影響を及ぼす色彩環境を含むも

のです。それは芸術史を、環境と感覚の相互作用の観点から読み直すことにもなるでしょう。

 

芸術色彩研究会 HP

http://geishikiken.info/

 

◆登壇者

 

中村 ケンゴ

美術家。現代社会を表象するモチーフから、美術史上のさまざまなイメージまでをも用いたユニークな絵画を制作。国内外の展覧会、アートフェアに多数出品。展覧会、シンポジウムなど、アートプロジェクトの企画運営にもあたる。共編著『20世紀末・日本の美術ーそれぞれの作家の視点から』(アートダイバー)。

多摩美術大学大学院日本画専攻修了。

http://www.nakamurakengo.com

 

三木 学

文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナー他。 独自のイメージ研究を基にした編集、執筆、ソフト開発、ライセンス・マネジメント等を行っている。共編著に『フランスの色景』、『大大阪モダン建築』、ヤノベケンジ『U‌L‌T‌R‌A』(すべて青幻舎)などがある。

 

岩泉 慧

美術家、京都造形芸術大学講師、画材ラボP‌I‌G‌M‌E‌N‌T所長。 2‌0‌1‌5年に絵画表現における膠使用方法の論文で博士号を取得。P‌I‌G‌M‌E‌N‌Tや京都造形芸術大学にて膠を基点とした様々な画材の研究、指導を行いながら、物質存在に関する作品により作家としても活動を続けている。

www.hcam.works

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◆画材相談会概要

 普段中々聞けない画材に関する質問を画材メーカーさんが直接お答えします。メーカーさんに聞く事が出来る貴重な機会です。ぜひお越しください。

 

参加企業:アワガミファクトリー(和紙)

     (株)クサカベ(油絵具、水彩絵具、アキーラ)

     ナカガワ胡粉絵具(株)(岩絵具等の日本画画材)

     (株)中里(筆・刷毛)

     (株)名村大成堂 (筆・刷毛)

     ホルベイン画材(株)(油絵具、水彩絵具、アクリル)

 

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会場 京都芸術造形大学 ギャルリーオーブ 吹き抜け

企画 芸術色彩研究会

共催 伝統文化イノベーション研究センター(K‌Y‌O‌T‌O‌T5)

   日本画材工業会

協力 京都技法材研究会

                    

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京都造形芸術大学

606 8271 京都市左京区北白川瓜生山2-116

Tell 075 791 9122

 

Access

■JR「京都駅」より

市バス5系統/岩倉行 「上終町京都造形芸大前」下車(所要時間約50分)

 

■地下鉄「北大路駅」(北大路駅バスターミナル)より

市バス204系統循環 銀閣寺方面「上終町京都造形芸大前」下車(所要時間約15分)(※地下鉄北大路駅へはJR京都駅より約15分)

 

■京阪「出町柳駅」より

市バス上終町3系統/上終町京都造形芸大前行 「上終町京都造形芸大前」下車(所要時間約15分)

叡山電車(京阪出町柳駅乗りかえ)茶山駅下車、徒歩約10分

 

■阪急「河原町駅」より

市バス5系統/岩倉行 「上終町京都造形芸大前」下車(所要時間約30分)

市バス上終町3系統/上終町京都造形芸大前行 「上終町京都造形芸大前」下車(所要時間約30分)

 

※所要時間はあくまで参考としての標準時間です。天候や交通事情により変わりますのでご注意ください。

本学には駐車場がありません。車・オートバイ・自転車での来学はご遠慮ください。

 

 

| information |
AMP×PhotoMusic「ニュー・ファンタスマゴリア」@kumagusuku参加のお知らせ

 

AMP(Ambient Media Player)は、環境や空間に溶け込む、新しい視聴覚体験を提供するディスプレイ・メディアとして、パナソニック アプライアンス社 新規事業創出アクセラレータープロジェクト「Game Changer Catapult」から誕生しました。現在、コンセプトモデルを多くの方に体験をしていただくために様々な場所で実証実験を行なっています。


AMPは、新たなコンテンツプラットフォームを目指しており、今回、シナジー効果のあるコンテンツ連携の一環として、音楽自動生成スライドショーシステムPhotoMusicによって制作された作品をアートホステルkmagusukuにて上映いたします。
PhotoMusicは、画像の色から音楽を自動生成し、スライドショー動画を作成するシステムですが、色と音の対応、視覚と聴覚の共感覚的対応をさせることで、感覚の連動、交差、増幅などの相乗効果が起きるコンテンツが制作できます。

 

今回は、2017年7月に京都芸術センターで開催された上映会「ニュー・ファンタスマゴリア」において、14組13人のアーティストがPhotoMusicを使って制作した19作のスラドショー動画作品を上映し、さらに、第二期として新たなアーティストが参加します。第二期では、芸術色彩研究会の中村ケンゴと岩泉慧も出品いたします。


「ファンタスマゴリア」とは、19世紀にヨーロッパを中心に流行したスライド上映ショーですが、その際すでに音楽が同時に鳴らされており、映画やテレビに先行する視聴覚メディアでした。

 

現在は19世紀にも劣らない視聴覚メディアの勃興期と言えます。急速なデジタル技術の進化によって、スマートフォン、高精細モニターなどの新しいデバイスや、アプリケーションなどのコンテンツ、それに伴う視聴覚体験の刷新が始まっています。
AMPという空間に溶け込む新しいデバイスと、PhotoMusicという感覚連動をするシステムによって創り出された新しいコンテンツが、アートとホテルが融合するkmagusukuにおいて、どのような化学反応を引き起こし、新たな環境を作り出すのかご鑑賞いただけましたら幸いです。

 

「ニュー・ファンタスマゴリア−Colorful Ambience」

京都アートホステルkumagusukuに設置されているAMPとPhotoMusicによる上映プログラム「ニュー・ファンタスマゴリア」では、アーティストの意見をフィードバックし、さらに新たなアーティストを加えて空間創造を行います。
テーマは、「Colorful Ambience」。画像の中の色彩から音楽に変換するPhotoMusicの構造を活かし、色彩豊かな映像音響空間を創出することを目指します。是非ご高覧下さい。

 

第二フェーズ参加アーティスト(順不同・敬称略)
有田京子|Kyoko Arita  協力:YELLOW 
前田泰宏| Yasuhiro Maeda  協力:西淡路希望の家 
高山勝充| Katsunobu Takayama 協力:ライプハウス 
茶薗大暉| Daiki Chazono 協力:ライプハウス 
以上:写真撮影:仲川あい|Ai Nakagawa、協力:capacious
シュヴァーブ・トム|Tomas Svab
中村ケンゴ|Kengo Nakamura
岩泉慧|Kei Iwaizumi

 

第一フェーズ参加アーティスト(順不同・敬称略)※上映作品を入れ替えます。
港千尋+DOZAN11(EX 三木道三)|Chihiro Minato+DOZAN11(EX MIKI DOZAN)
勝又公仁彦|Kunihiko Katsumata
キオ・グリフィス|Kio Griffith
佐久間里美|Satomi Sakuma
鈴木崇|Takashi Suzuki
澄毅|Takeshi Sumi
関口涼子+DOZAN11 Ryoko Sekiguchi+DOZAN11
武田陽介|Yosuke Takeda
田中和人|Kazuhito Tanaka
中屋敷智生|Tomonari Nakayashiki
矢津吉隆|Yoshitaka Yazu
山内亮二|Ryoji Yamauchi
山本聖子|Seiko Yamamoto
 

http://gccatapult.panasonic.com/aboutus/news20180727.php

| information |
「能楽に秘められた色の世界」能装束の色彩分析

 

みみききプログラム#2 素謡の会「うたいろあはせ」第1回

「能楽に秘められた色の世界」

 

能装束の色彩分析

 

日本の色彩文化を牽引するのは、服飾と言っても過言ではない。聖徳太子の冠位十二階の色や平安時代の女房装束の配色である襲(重ね)の色目、江戸時代の歌舞伎の衣装、奢侈禁止令(贅沢の禁止)の下で繁栄した「四十八茶百鼠」といわれる地味な色のバリエーションなど、洗練された色彩文化が服飾を通して育まれてきた。

能は、公家と武家、禅などの文化が融合し、現在の日本文化の根幹となっている室町時代に発展した。とはいえ、能装束が今日のように豪華になったのは、世阿弥が猿楽の能を大成させて以降のことである。将軍など後援者から、褒美として下賜された衣装などが能装束として取り込まれていった。その後、応仁の乱で衰退したが、桃山時代に豊臣秀吉が庇護し華美な装束が作られていった。引き続き、江戸時代にも幕府によって庇護され、初期に式典歌舞劇「式楽」となり、中期には現在につながる能装束の体系が完成された。様々な時代を経て変化しつつも、能装束には、各時代の衣装の形式や古代から現在に至る日本人の感覚や世界観が継承されている。その色彩に秘められた法則を紐解いてみたい。

 

今回、30着ほどの能装束の画像を分析し、代表色や画素を色空間にプロットしてみた。色空間は、色の三属性といわれる色相(色み)、明度(明るさ)、彩度(鮮やかさ)を軸としたマンセル表色系を用いた。マンセル表色系の色空間は、円筒形をしており、円周が色相、高さが明度、半径が彩度で表される。それぞれ知覚的に等歩度(等間隔)の尺度になっている。

特に、明度軸を抜いた、色相・彩度図が、多くの方にもわかりやすいだろう。色相・彩度図の円は、右回りに赤・黄・緑・青・紫へと徐々に色相が変化し、中心部から外周にいくほど鮮やかになる。今回は講堂の床に拡大図を作り、能装束の画像をパネルに貼りにして、それぞれの代表色の位置に展示している。パネルの裏には色相・彩度図に各画像の画素をプロットしている。色相・彩度図におけるパネルの配置やパネル裏の画素の分布を見れば能装束の色彩の傾向がわかるだろう。

 

 

能装束は、紅入(いろいり)、紅無(いろなし)があり、色相においては紅(赤)があるかどうかが大きな区分けとなっている。赤は若い女性などに用いられる。女性が既婚になったり、中年、壮年になったりすると茶色などが用いられることから、鮮やかさが失われることが老いにつながっていることがわかる。

色相・彩度図でみると、能装束の色彩は大きく赤、青の色相に鮮やかな色が分布し、黄・緑は彩度が低い場合が多い。彩度の低さは、若さが失われると同時に、高貴さや非日常とは反対の卑賤や日常を意味する。

青に関しては、浅葱のような薄い色もある。しかし、薄いと彩度が低くなり、藍染めにおいては少ない回数で染めるため粗末さや日常性とつながっている。紫は古代中国では天上の色、天帝の色と畏敬されてきた特別な色であり日本でも最高位の色であったこと、紫染料の高価さ、赤と青という強い色の両方の要素を持つことなどから高貴な色となっている。

 

 

 

以上のような有彩色の体系とは別に、色みのまったくない無彩色の白や黒、あるいは光沢性を持つ金色なども、強い印象を与えるため、高貴さや力強さを表す。これらの若く・高貴な・力強い色は、お互い結びつき、段替(模様のブロックを一段ずつずらした意匠)などの配色に使われる。特に白は能において最高の色であり、神仏や天人などに使用され、襟など白を2枚使用する作品群が頂点となっている。

また、老いて・粗末な・弱い色もまた互いに結びつく傾向がある。そのことからも、強い色はより強く、弱い色はより弱く強調されるのが能装束の色彩の特徴の一つであろう。その原因として、ほとんど舞台美術や照明などがない能舞台において、演者の役割を色彩によってはっきり示す意味があると考えられる。室町時代から江戸時代にかけて、謡や囃子、舞という最小限の要素に加えて、相乗効果になるよう徐々に発達したのではないか。

 

 

能装束の配色は、対照的な配色を使用している場合もあるが、類似のトーン(明度・彩度の区域)で補色のような対照色相を使う西洋的な配色メソッドとは異なる。あるいは、灰色や茶色などの地味で弱い色の微細な変化で表現する江戸時代の町人の色彩文化とも異なる。

平安時代の襲の色目のように、配色のみで示すわけではないが、四季を取り入れるという点については共通点がある。ただ、能装束の場合、平安時代と違って、染織の発達によって、文様や図案を織り込むことで、四季や自然現象を表している。それに幾何学的な文様が効果的に組み合わされている。

冠位十二階、襲の色目に共通する陰陽五行説の配色の影響はあると言えるが、「アカ・クロ・シロ・アオ」の4色からなる古代日本の色彩観の影響も感じられる。「アカ・クロ・シロ・アオ」が、日が昇って暮れて沈んでいく「明暗顕漠」の状況を表しているように、日本の色においては時間の推移が重要である。それは四季や人生の時間の推移などにもつながっていく。さらに、人間の根源的な生理に基づいているようにも思える。

 

人間の色覚は、猿から進化して肌が露出したことによって、心身の状態を肌の色の変化で見分けるために発達したという説がある。具体的には、〃豈嬶未料減、血液の酸素飽和度の高低によって、肌の色は赤・黄・緑・青・紫など自在に変化していく。例えば、興奮している時は、血液の酸素飽和度が高くなり、肌は赤に変化する★1。心理学的には女性が赤の衣装を身に着けると性的に魅力的に見え、男性が着けると支配的に見え地位が高いと感じるという報告がある。赤いネクタイなどの着用はそれを応用したものだ★2。

つまり、人間の肌の色の変化は、体の状態を見分けるのに重要な情報であるため、敏感に識別できるように出来ており、それが今日の服飾文化にも大きな影響を及ぼしているのだ。能面のわずかな角度の変化で感情を表現するのも、人間の知覚の特性を上手く利用しているといえる。

能装束もまた、最小限の舞台装置と照明という環境下において、知覚や心理的な効果が最大限発揮されるように、人間の生理を基に工夫されてきたといえる。能装束の色彩は、様々なルールがあるが、よく観察すれば配役に対して知覚的、心理的なレベルで納得のいくように構成されていることがわかるだろう。

 

書き加えれば、能は猿楽をベースに、平安時代の文学を取り入れ、演劇化してきたという要素がある。今回、上演される「杜若」は「伊勢物語」の東下りを下敷きにした話だが、「源氏物語」や「平家物語」など、様々な古典の名場面が能の演目になっている。中でも東下りは、「源氏物語」と同様に、高貴な色の象徴である紫を想起する話である

「杜若」においても、紫は謡・能装束などによって舞台を染める色となっている。もっと言えば色自体が、現在/過去、現世・人/精・霊・仏をつなぐ鍵となっており、色の変化が悟りを導く仕掛けとなっている。「袖白妙の卯の花の雪の。夜も白々と。明くる東雲の浅紫乃。杜若の。花も悟りの。心開けて。」と東雲=杜若の紫が、白く明るくなることが、成仏を示すことになる。高貴な色、紫から神仏の色、白への変化である。

それは仏教的な世界観ともいえるが、日の運行を基にした古来の日本の色彩観や世界観と結びついているように思える。また、色は、古代日本においてにほひ(丹穂い・丹秀い)であり、嗅覚とつながっており、花との結びつきは深い。仏教における色は、肉体や物質的存在を表すし、音色など聴覚などとも結びついていく。このように、色は様々な感覚や物質を横断する性質を持っており、近代以降の視覚的な観点だけで分析すると見誤る可能性がある。

そして、能もまた何層にも奥行きがあり、鑑賞者の教養と感性によって、どこまでも深い発見が得られる階層構造になっている。今回、デジタル画像の色彩分析という現代的なアプローチをとることで、逆説的にそれだけではたどりつけない能と能装束に秘められている日本の色彩観や世界観が少しだけでも明らかになり皆様の発見のヒントになれば幸いである。

 

★1 「肌の内側を流れる血液がふだんより少なければ、肌は黄色っぽく見える。逆に血液の量が多いと、青みがかって見える。いつもより酸素飽和度が高いと、肌は赤みがかって見える。酸素飽和度が低いと、緑色を帯びているように見える。」マーク・チャンギ―ジー『ひとの目、驚異の進化』柴田裕之訳、インターシフト、2012年、p.35

★2 タルマ・ローベル『赤を身につけるとなぜもてるのか?』池村千秋訳、文藝春秋、2015年

 

 

三木学(色彩研究者)

 

パネルデザイン:谷本研

協力:佐々木能衣装

 

 

| 「能楽に秘められた色の世界」 |
色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (1)

pigment

 

トークイベント

「色彩と質感の地理学 −日本と画材をめぐって−」

 

日本の画材の魅力とは?

環境と知覚に基づいた、芸術と文化における色彩と質感の問題をさまざまな角度から考察します。

 

日時

2017年4月29日(土)14:00〜16:00
場所

画材ラボPIGMENT(東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F)
企画

中村 ケンゴ
主催

PIGMENT

登壇者
中村 ケンゴ(美術家)× 三木 学(文筆家、編集者、色彩研究者、ソフトウェアプランナー他)× 岩泉 慧(PIGMENTラボ所長、画材エキスパート、京都造形芸術大学 講師、美術家)


はじめに

 絵画は色彩だけではなく、質感も視覚心理に働きかける重要な要素です。特に日本は、西洋圏に比べて質感に関する感性が豊かな文化だと言われています。PIGMENT(ピグモン)の壁面に色鮮やかに並べられた主に日本画で使われている顔料は、もともと鉱物が原料になっています。そのため「岩絵具」と言われており、光輝性を持った独特な質感があります。こうした岩絵具をはじめ、和紙などの日本で使われてきた画材の魅力とは何でしょうか? そして現代芸術においてどのような価値があるのでしょうか?
 
 美術大学や国内の美術業界における「日本画」の議論では、その特性について国際的な価値を説明するのが困難になっています。一方で、ニュートンから始まる近代の色彩理論だけでも、各地域で異なる色彩感覚や質感、配色体系についてすべてを論じることはできません。わたしたちは、環境、知覚、認知、言語の絶え間ないフィードバッグによって文化圏特有の「色彩感覚」「質感感覚」を醸成しており、画材にもそれは息づいています。
 
 今回のトークイベントでは、企画者の中村ケンゴを聞き手に、ソフト開発、デジタル技術を駆使しながらその謎に迫る色彩研究者、三木学を迎え、PIGMENTラボ所長であり、画材エキスパート岩泉慧の知見を仰ぎながら、文化を国境線で区切ることなく、地理的、風土的な意味での日本の画材に潜む色彩・質感感覚について考えます。また、美術の問題だけにとどまらず、近年の認知科学の発展に伴う自動車、化粧品、ファッションまでを射程に入れた色彩・質感研究の現在にも迫ります。素材と感性、両面からの普遍的な議論を通して、日本の画材を狭義の「日本画」から解放してこそ、その魅力を世界に向けて伝えることができるのではないでしょうか。


目次

 

 

 

登壇者の紹介/中村ケンゴによる問題提起 →|

 

| <トークイベント1>色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって |
色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (2)

登壇者の紹介



pigment

 

中村:美術家の中村ケンゴと申します。よろしくお願いいたします。さて、我々の入場と共に不思議な音楽が流れていますが、これは今回お呼びした三木学さんによる、画像から音楽を生成するソフトからなんです。


三木:画像の色彩を読み取って七色に分解して、それの一つ一つに楽器を当てはめて音楽を自動的に生成するソフトです。

 

中村:それを今、僕の作品に音楽つけてもらって流しています。今回、三木さんを色彩研究者ということでお呼びしたんですが、こういうお仕事もされているということですね。

 

三木:そうですね。このソフトは、画像から自動的に楽譜を生成して音楽を作ることができるんですが、楽器や演奏方法など様々な選択をして、音楽のバリエーションを増やすことができます。昔は画像検索を作って、画像検索の流れで色彩分析の基礎部分を作って、その展開でいろんなソフトを今でも作っております。

 

中村:三木さんの肩書きって正式にはどう言えばいいんですかね。

 

三木:今回は色彩研究者ということにしています。ただ、仕事の絡み上、色彩については研究をせざるを得なくなったということで増えた肩書です。その他はアート関係の書籍や雑誌の編集や執筆などをしており、文筆家や編集者、と併記しています。色彩関係についても本を出しています。

 

中村:ということで、最初はこの二人でお話しようと考えていたんですけど、打ち合わせの段階で、ここPIGMENTラボ研究所長の岩泉さんからも、画材についていろいろと専門的なお話伺った方がいいということになって、一緒に登壇してもらうことになりました。

 

岩泉:まさにうちでこういったものやりたかったというか、願ったり叶ったりということで、僕としては本当に嬉しい限りですね。

 

 

 

 

中村ケンゴによる問題提起


 

中村:今日は「色彩と質感の地理学 −日本と画材をめぐって−」と題して、お二人と議論していくわけなんですけど、そもそもこのテーマ、三木さんがフェイスブックに藤田嗣治の作品について書かれていたことが契機になっています。どんな事を書いていたのか簡単に引用しますと、「日本人は色彩的ボキャブラリーでは西洋に勝てないと何度も書いているが、フジタの場合は印象派やマティスのような色彩の魔術師とは戦わずして質感で勝負して頂点に立っているところは凄いし、早い。日本人は質感で勝負すべきという事は、何度も言っていることだが、あの時代にそれを自覚し、体現できたということは天才としか言いようがない」と。

 

三木:それは友達だけに書いたものなんで、みんなに宛ててるわけではないんです(笑)。(註:その後、多くの関係者にも価値のある情報かもしれないと思い、途中でパブリックに再設定しました)。

 

中村:要するに三木さんは日本人は色彩じゃなくて質感で勝負しろって書いているわけですよね。もう少し具体的にいうとどういうことなんですか。

 

三木:日本人の場合は西洋人のように色を空間的に把握して、補色(色相環の反対の色)を使ったり、明るさや鮮やかさなどを対比的にバランスをとって配色することは不得手だと思っています。それよりも材質感を生かしたり、質感が鋭敏なので、ディテールを描く方が向いているし、そちらで勝負した方がいいんじゃないかというのは前から思っていたことです。後は、この中の話で細かく説明できればと思います。

 

中村:では、本題に入る前にちょっと僕の作品を例にしてみなさんに今日の議論のとっかかりにしてもらいたいのですが(作品画像をプロジェクションする)、こういう作品を作っています。これらの作品、ここ(PIGMENT)に置いてある絵具と同じもので描かれてる絵画なんですね。今日はあくまで絵具の話なので、作品の内容については解説しませんが、この作品、20年ぐらい前に描いた初期の頃のものなんですが、写真家の方に画面の表面を撮ってもらった写真がありますので見てください。ご覧いただいて分かると思うんですが、ざらざらしているというか、アクリル絵具や油絵とはちょっと違う質感だということが分かるかと思います。

 

図

《SPEECH BALLOON -スピリッツ-"》(作品の表面部分) 1995年 撮影:松本明彦

 

今日ここに来ていらっしゃる方はご存知の方多いと思いますが、岩絵具と言われる絵具です。岩絵具っていうのは所謂日本画で使われる絵具なんですけども、日本画の顔料というとなんだか神秘的な印象もあるかもしれませんね。でももともとは単に様々な鉱物やガラスからできてるものなんです。岩絵具について簡単に、岩泉さんから説明してもらっていいですか。

 

図1

アズライト マラカイト

 

岩泉:はい。岩絵具っていうと大きく二つあるんですね。一つは天然の石ですね。アズライトだったり、マラカイトって言われる石を砕いて作られたものです。もう一つは新岩絵具って言われるもので、フリット、つまりガラスを釉薬で色づけして、こういった色ガラスの塊を作って粉砕するんですね。特徴的なのは粒子で色分けをしてるってことなんですね。一つの塊を砕いて、細かい粒子から粗いものまでできます。粗いものが色が濃くなって、細かいものが白っぽくなる。それは光の反射の関係なんですけども、そういったものをただ色だけではなくて、粒子感も使い分けていくのが岩絵具の特徴になりますね。

 

図2

新岩の原石

 

図3

岩絵具の粒子の階調

 

 

中村:つまり、元は色ガラスだったり、鉱物だったりする光輝材で、粒子の大きさで色の濃さが変わる性質があるってことですね。油絵とはちょっと違った質感があるということが見てもらっても分かると思います。この顔料を膠で溶いて和紙や綿布に塗っていくわけですが、粗い顔料なので、油絵具やアクリル絵具と比べて、ちょっと扱いにくい素材なんですね。所謂日本画よ言われる絵画は基本的にはこの技法で描かれています。今日のテーマにもあるんですけど、じゃあ、何でこんな扱いにくい素材をわざわざ使って作品を作っていくのか。それにはどういう意味があるんだろうかと。ここで三木さんが書かれていた、色彩ではなくて質感で考えるってことが頭によぎって、このテーマを思いついたわけなんです。
 お見せした作品を海外で発表する際、明らかに油絵と違う質感がある。それでお客さんからも技法について質問があったりするのですが、なかなか上手く説明ができないんですよね。だいたいは、「これは日本の伝統的な技法で…」なんとかかんとかみたいなことを言ってお茶を濁して、向こうもなるほどなんて言ってるんですが(笑)、よくよく考えると、日本の伝統とは言っても、ご存知の方も多いかもしれませんが、日本画という概念は、近代以降、明治以降に生まれたもので、今、日展とか院展で描かれている日本画っていうのは、西洋画に影響を受けてつくられてきたものなんですね。それにも関わらず日本の伝統というのもなんか変だなあと思いつつ、しかも、伝統的と言えば、ヨーロッパにも伝統はあるし、アフリカにもあるし、世界中の国々にある。日本の伝統だからすごいっていうのはどうも説明になってない。
 でも、美術大学にしても所謂画壇にしても、日本画の説明というと技法と同時に、これは日本の伝統だから、日本の伝統ということは繊細な感性がここには込められているんだとか、なんだかそういうよく分からないマジックワードを使って、なんかちょっと偉そうな感じで言うんですね(笑)。そうした内輪な歴史観と技法のフェティッシュな説明に終始してしまっている。そういうところで自己満足、自己防衛していると感じるんです。
 ですから、今回はそういう内輪な、国内的業界的な議論じゃなくて、できればもっと普遍的な言葉、できれば英語なんかにも訳せるような言葉にして説明することができれば、もっとこの技法を広く使えることができるんじゃないか、もっといろんな表現があるんじゃないかなっていうことが考えられればということを一つ、目論んでいます。
 しかしだからと言って、ヨーロッパの色彩理論、ニュートンから始まるモダニズムの理論を使ったところでも、やっぱり僕たち東洋人の肉体、そしてさまざまな人種の肉体を越えて語ることも難しい。
 そうしたことを踏まえて、今回は色彩の専門家である三木さんと、画材の専門家である岩泉さんの助言をもらいながら、例えば認知科学的、例えば環境学であるとか、生理学であるとか、そういうアプローチも含めて、色彩だけでなく質感の問題についても語れないかということを考えています。その上でここにある絵具の魅力も再発見することができればということです。最近だと人文系の学問でも、進化生物学なんかの影響も強く受けるような議論が多いですよね。そういう知見を借りながら今日はお話しができれば思うのですが、とは言ってもここにいる三人、科学の専門家ではありません。だから、ほとんど言いたい放題の仮説になってしまうでしょうから、いろんな専門家の方に、我々の言ってる仮説なり、放言がちゃんと理にかなったものなのか、様々にご意見、ご批判をいただきつつ、議論が広がっていけば、この企画にも意義があるのではと考えています。
 それから、このPIGMENTっていうのはたくさん外国のお客さんがいらっしゃるんですよね。

 

岩泉:そうですね。今、先ほどもいらっしゃいました。

 

中村:まさにこういう絵具が置いてある、しかも外国の方もたくさん来られる場所で、こうしたお話ができるというのは有意義なことだと思っています。一つお断りしておくと、タイトルに「日本の画材」と入れているんですが、この日本っていう言葉も別に国境線で区切った日本という意味ではなくて、あくまで地理的、風土的な意味での日本ということです。けっして今流行の「日本すごい」っていう話ではないことをご留意いただければと思います。

 

 

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| <トークイベント1>色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって |
色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (3)

「フランスの色景」と絵画の色彩分析



中村:ということで、具体的な話に入っていきましょうか。三木さんが、港千尋さんと一緒に書かれた「フランスの色景」という本、まずはこれを起点にお話していこうと思います。

 

三木:港千尋さんは多摩美術大学の先生で、写真家・著述家なのですが、去年はあいちトリエンナーレの芸術監督をされていました。僕も「アーティストの虹―色景」というプロジェクトでディレクターをしてました。
 これは2014年の末に出した本でです。「色景」というのは造語なんですけど、景色の中に潜んでいる色彩感覚や配色の法則、色の風景などを表しています。
 ですから、フランスの日常風景などに含まれている配色の法則や色彩感覚がどういうものか、僕らが作った色彩分析ソフトを使って分析してみて、さらに日本との差異を比較するという試みなんです。
 港先生は奥様がフランス人だということもあって、フランス全土を回って写真を撮られています。フランス生活だけではなく、南米生活もされていますし、世界も随分回られていて、凄くユニバーサルに活動されています。
 港先生がフランス全土で撮った写真を厳選して、それを僕が色彩分析ソフトにかけて、そこからまた港先生にコメントをもらう、という方法でこの本は作っていました。
 このソフトでは、色相、明度、彩度の色立体が画像のピクセルを分布させることができるのと、画像から色名を抽出することができます。例えば、フランスの色名、日本の色名といった多言語の色名を出すことができるので、認知的な面からもどういう差があるのかわかります。
 ですから、色立体の分布や日仏の色名を抽出して、僕が分析してから改めて、港先生にコメントもらいます。結構、何気なく撮った風景から分布しているにも関わらず、わりと色彩理論とか色彩調和論に、ぴたっとくるものが凄く多かったんですね。
例えば、この写真のように、黄色と青色という対比的な配色はいろんなところに出てきます。

 

図

港千尋、三木学編著『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』青幻舎、pp.144‐125

 

図

港千尋、三木学編著『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』青幻舎、2014年、pp.146‐147

 

 

こちらは、フランスの色名と日本の色名の割合を出しているんですけど、この分析によって、該当する部分に言語があるかないかってということがわかります。

 

図

港千尋、三木学編著『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』青幻舎、2014年、p.152

 


この写真に関しても色相環で対比的な配色で合わせたり、トーンを合わせるとか、凄く色彩調和論で説明できるものが非常に多かったです。それは別にフランス人がわざわざそういうことを考えてるわけじゃなくて、無意識にやっていて、色彩感覚があるので、作る中で自然のうちにできるっていうことですね。これは建物、空間とか、建築とか、そういうものを抽出してますけど、食べ物とか、衣服とかも含めて環境全部にそういう傾向があります。

 

図

港千尋、三木学編著『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』青幻舎、2014年、pp.154‐155

 

図

港千尋、三木学編著『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』青幻舎、2014年、p.156‐157

 

 

中村:こんなブルーの看板とか日本人の感覚にないですよね。

 

三木:ないですね。なかなかおしゃれだと思うんですけど。港先生は、昔はこの看板はなかっただろうって書いてありますね。そういうものを上手く自分たちの感性に取り入れて、ちゃんと補色にしていたりしています。気持ち悪くないですよね?日本の看板みたいに取って付けた感がないっていうか…。

 

中村:調和していますね。

 

三木:港先生も写真家なりに色彩のバランスを考えて撮るので、それを分析するとある程度調和的になります。僕は写真家の作品の色彩分析というのも何回もしてるんですけど、写真家の個性って結構色彩に出るんです。例えば、海みたいに同じモチーフを撮ってる写真家はたくさんいますけども、その人の個性が出るのは色彩の部分だったりとかします。だから、色彩っていうのはわりとその無意識なんだけど、その人の感覚とか、個性みたいなものを色濃く反映するものなんですね。
 それでも町の人が自然に作った風景の写真にも関わらず、なんとなく調和するというのは写真家の感性だけの問題ではなく、やはり町の人々の感性も大きいですね。こういうことがなぜ日本ではできないのかっていうのが長年の僕の疑問だったんです。わりとこの本は、嫌味として作ってる部分あって、僕は奈良県出身で今でも奈良県に住んでるので、凄く古い町でありながら、何で町の中にとんでもない看板ができるのか、遠まわしですが気づいて欲しかったわけす(笑)。こういう風におしゃれにもできるんですよ、ということで。
 色立体の分布をみると調和していることが顕著にわかります。この色の反対の色が補色ということになります。色彩学的には一つの色を見てしばらくして、離したら反対の色が見えてくるっていう生理的な現象ですね。そういうものを上手く使ってるっていうことです。
 近代色彩学っていうのはニュートンやゲーテぐらいからできるわけなんですけど、補色的な考え方とか。その後、色彩調和論が活発になるのはシュブルールあたりからです。色を立体化するっていうのもこの辺りからなんです。そもそも色が色相環で回ってること自体が嘘と言えば嘘ですから。

 

中村:紫外線と赤外線で両端なのにそれをくっつけちゃって回っている(笑)。

 

三木:波長としてどんどん長くなるに、ぐっと曲げてるわけですから。それは元々その音楽との共通性があるというふうに、そもそもニュートンが考えて嘘ついたっていうか、これを1周させてるわけですね。だから、7つに分けたっていうのも、そういう音楽との影響ですね。
 このニュートンの色相環の図を見ると、オレンジとかレッドとかありますね。インディゴつまり、藍の部分なんかは実際に判別できず、助手が見えたとか書いていたりします。僕らが見ても分離できない色があるんですけど、わざわざ7つにしたかったっていう恣意性が非常に高いものですね。で、それを1周させたっていうのが音楽の影響です。だから、音楽理論から色彩調和論っていうのができているんですね。そして、平面だったものを立体にしていくっていうのが近代色彩学の流れですね。

 

図12

北畠耀『色彩学貴重書図説―ニュートン・ゲーテ・シュヴルールを中心に』日本塗料工業会、2016年、p. 25

 

 

それに対抗してゲーテがなんかが一応、補色関係の色相環を作ってますけども、これも一応、円にしています。そこから立体にしようというのがシュヴルールのあたりから出てきます。日本なんか、まったく円にもしないし、立体になんかしないわけですけど。こういう考え方はわりと西洋だからこそ生まれたんじゃないかなと思っています。だから、明度とか彩度とか色相とか、言いますけど、わりと西洋人的発想だなというふうには思います。この本にも書いていますけど、補色っていう考え方自体が凄く西洋思想的っていうか、テーゼとアンチテーゼとアウンへーべンみたいな、そういう西洋思想的な影響もあるじゃないかとは思っています。あるいは色彩の感覚が西洋思想を生んだのかもしれません。

 

図13

北畠耀『色彩学貴重書図説―ニュートン・ゲーテ・シュヴルールを中心に』日本塗料工業会、2016年、p. 42, 44, 48

 


シュブルールは、色彩の同時対比の法則を発見しています。もともとゴブラン織の研究所の監督をしていたので、2色を並べた時に色が違って見えるっていう効果があるので、クレームを受けることがあって、測色をしたら全然問題ないんだけども、横の色の並びによって影響を受けるっていうことを発見して、それで「色彩の同時対比の法則」っていう本を書くわけなんですね。それは1839年、ちょうど写真が誕生した年ですね。なので、写真の発明なんかとも同期してるんですけども。そこから色彩を立体にしてきます。
 それから、シュブルールの色彩調和論がありまして、類似の調和と対比の調和っていうことなんですけど、この色彩調和論は現在でも使われていて、これを少しアレンジしたもので、だからこの時代から実は変わってないってことですね。

 

図14

M.E. シュブルール『シュブルール 色彩の調和と配色のすべて』佐藤邦夫訳、青娥書房、2009年

 

 

 これを明確に現在みたいな立体にしたのマンセルです。マンセルが面白いのは、これは地理学の話とも関わるんですけど、地球儀をメタファーにして色彩球を作っています。中央から外にかけて鮮やかになっていき、中央あたりで最も鮮やかになり、上は白、下は黒のようにしています。この色彩の地球儀をくるっと回すと混色して灰色になるみたいな、そういうことを考えています。で、赤道あたりが鮮やかになるので、実際の地球とも通じていて、色彩の、知覚の地球儀っていうかね、そういうものを考えたというわけなんで、少し地理学の話とも後ほど関わってくるんじゃないかなと思っています。
 あと、シュブルールが平面の隣に同時に対比的な色を置いた時にどういう知覚効果が現れるかっていうことを理論化したのですが、それに影響を受けて、印象派などが積極的に取り入れたっていうふうなことなんですね。
 フランスの色景の特徴はやっぱり多色色相配色ですね。たくさんの色相を使っていることと、補色で多用していてます。マンセルは色立体でバランスをとることを、天秤のようだって言ってるんですけど、色空間の中でこっちに鮮やかであれば、こっちは少し彩度を落とすとか、空間の中で天秤のようにバランスを取るということをかなり言っています。こういう傾向があるということが分かりました。

 

図15

北畠耀『色彩学貴重書図説―ニュートン・ゲーテ・シュヴルールを中心に』日本塗料工業会、2016年、p.66

 

 

三木:このまま詳しく知りたい人は僕に聞くより本を買ってください。

 

中村:このランクロの「色彩の地理学」が、まさに今回のトークのタイトルの元になっています。

 

三木:そう。元々色彩と質感について話してくれって話になって、日本っていうネーションみたいな話じゃなくて、地理学な意味で扱いたいっていうんで、ランクロの「色彩の地理学」を紹介しました。これたぶん知ってる人は知ってると思うんですけども。フランスの有名なカラリストとして知られています。ランクロはですね、戦後の結構新素材みたいなもの影響を受けて、それを元々土着の色はなんだったかっていうことを調べるためにフランス全土を回って、そのあと世界を回るんですけど。そこの土着の色と写真と土質とか、デッサンとかによって分析していくっていう、面白い手法を使ってます。これフランスの土の採集で、元々土が持ってる色はどんなものかっていうことをやったりとか、それを1つの分析の方向を編み出したりとか、デッサン書いたりとか、実際こういうカラーチャートで測色したりとか、それをパターン化したりとか、そういうことをやっています。いろんな仕事をしてるんですけど、この人はプロダクトとか、建材とか、いろんな仕事をして、日本人なんかも影響を受けてる。これは位置や現場を分析して、次はそれをまた構成するみたいな方法を取っています。これは一つの考え方の参考になるんじゃないかっていうことを今回紹介しました。

 

図16

Jean-Philippe Lenclos, Dominique Lenclos, Colors of the World: The Geography of Color, New York, W. W. Norton & Co Inc, 2004.

 

 

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色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (4)

西洋と比較における日本人の色彩と質感の感覚


 

pigment

 

中村:先ほど三木さんから、どうして日本の街の景観はひどいのかという話がありましたが、議論を分かりやすくするために、ヨーロッパ、今回はフランスを例にして、西洋と日本の色彩感覚の違いというのはどういうものなのかお話していきたいんですが。要するにフランス人っていうのは芸術家ではなくとも色彩を立体的に捉えて、バランスよく対比しながら配色することが自然にできると。それを日本人が後から勉強して会得するのは難しいんじゃないかということですよね。

 

三木:そうですね。僕はある種、嫌味と同時に参考にしてほしいという思いで作ったんですけど、無理だなっていう結論に途中でなりました。これちょっと後から勉強しても無理かもしれない。非常に感覚に根付いたものなので。なので、質感でやった方がいいんじゃないかなというような、そういうこと。

 

中村:例えば、サッカーのイタリア代表ユニフォームの「アズーリ」と言われる青色や、フェラーリの赤色、とても素敵だなと思うんですが、それに比べてガンダムの青、赤、黄色は結構ダセえなっていう(笑)。でも、今の日本の街の色ってあのガンダムの色ですよね。もしガンダムが、アズーリとフェラーリレッドだったら結構かっこいいかもと思うんですが。そういう意味で日本人は色彩じゃなくて素材の質感で勝負すればいいんじゃないのという話になるわけですよね。

 

三木:岩泉さんも詳しいでしょうけど、平安時代の「襲」なんかもあるわけなんで、色彩が発達していた国の一つだと思うんですけど、西洋思想的な色彩を取り入れるのは非常に難しいとは思います。厳密に言うと、天然の素材ではなくて、ケミカルなものが明治頃に入ってきて、大正時代頃に結構良いバランスになったんです。戦争でそれがデリートされたんで、余計にひどくなったっていう状況です。だから、戦争がなかったらもう少し良かったかもしれないとは思っております。

 

中村:色彩じゃなくて素材の質感ということで、建築を例に取ると分かりやすいってお話をされてたと思うんですけど、例えば、安藤忠雄さんであれば、コンクリート、坂茂さんであれば、

 

三木:紙。

 

中村:妹島和世さんであれば、

 

三木:ガラス。

 

中村:そして、このお店の設計はどなたでしたっけ。

 

岩泉:隈研吾さんです。

 

中村:隈研吾さんであれば、

 

三木、岩泉:(声を揃えて)木(会場笑)。

 

中村:ということですよね(笑)。基本的に日本の建築家、素材勝負なんじゃないのってことです。確かに色でやってらっしゃる建築家あんまり…

 

三木:見たことないですよね。

 

中村:聞かないですね、確かに。なるほどなるほど。

 

三木:いるっていうことであれば後で囁いてくれれば。

 

中村:例えば、これも三木さんが言っていたんですが、吉岡徳仁さんのように色彩を使ってるようで実はそれプリズムだという場合もあるし、ファッションであれば、コム・デ・ギャルソンやヨージ・ヤマモトの黒、イッセイミヤケのプリーツにしても素材の質感ですよね。そういうものが多いんじゃないか。そこで三木さんがフジタが凄いって言ってた話にも繋がってくる。

 

三木:そうですね。なんかわりとその時代にわりと俺これ勝てねえわっていう、ここだったら勝てるっていうのを見つけたのがわりと早かったなって感じがします。その後の岡本太郎の原色使いから比較すると、その点ではフジタの方が上だなって気がします。僕は岡本太郎の論文も書いていますから大好きなんですけど(笑)。

 

中村:今日は絵画の、内容の話じゃなくてあくまで色と質感の話しようということで、三木さんの言うところによれば、色の組み合わせについて日本人はちょっと苦手なところがあるけども、素材の質感の感覚については非常に強いものがある。だから、単純に日本人がフランス人の真似して頑張るっていうことではなくて、自分たちの強みをもっと生かしていけばいいんではないかと。そういえば、展覧会でも、日本人って、かなり絵の近くまで行って、じっとディティールを見てるじゃないですか。玄人筋は、何で絵の全体を見ないんだ、見方がなってないみたいな話をよくしますけど、それも今までの話を踏まえて考えてみると、近くから見てるっていうのは、質感もチェックしてるのかなと。

 

三木:そうだと思います。

 

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色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (5)

なぜ日本の芸術大学では色彩学をきちんと教えないか


 

中村:僕は美術大学出身ですが、例えば受験のときもデッサンをたくさんさせられましたけど、あんまり色については本格的に学んでこなかったなと思いました。デザイン学部だとまた違うのかもしれませんが。それで今回、三木さんに僕の作品の色彩分析もやってもらったんですが、配色は意識したとしても、明度や彩度まで自分の中でコントロールしていたかなっていうと、まったくではないですが、強くは意識していなかったと思ったんですね。というかあえて調整しないということもある。今は紙だけじゃなくてモニターで色を見ることが凄く増えてますから、その時代に合わせた色彩感覚っていうのも世界的に生まれているとは思うんですけども、やっぱり大学でアカデミックに色彩についてちゃんと学んでこなかったなとということはあらためて思いました。岩泉さんも美大出身ですよね。

 

岩泉:そうです。京都造形大学。

 

中村:色彩に関する授業とかやってましたか。

 

岩泉:まったくなかったですね。

 

中村:まったくですか。僕は、色彩学、ヨハネス・イッテンぐらいはやった記憶があるんです。でも、それが自分の制作に具体的な影響を与えいるかというと、そんなことはないし…何でなんでしょう、美大で色彩のことを体系的に学ばないっていうのは。

 

三木:僕もこの話を受けた時にちょっと調べたんです。いちおう、ちゃんとわりと近代色彩学の発展と明治の開花とわりと平行してるので、早い段階から入れてるし。

 

中村:西洋の色彩理論が入ってきてた。


三木:相当入ってるし、東京芸大の前進の東京美術学校でも結構やってるんですけど、ただそれがだから現在になった時になんか途切れてるんですよね。途切れてるし、それこそバウハウスみたいなのを基礎課程みたいな形で、みんなが色彩を重要な項目として受けるというプロセスをやってるところはほとんど現在においてもなくて、こういう話をしても、ほとんどみんなやったことないと言っていますね。

 

中村:イッテンもバウハウスで教えてたんですよね。

 

三木:イッテンが教えていて、途中でグロピウスと喧嘩をして。それで弟子のアルバースに受け継がれるんですよね。

 

中村:確かにアルバースの作品は、そうした問題意識でつくられていることがわかります。そのアルバースがアメリカに渡って…。

 

三木:ブラックマウンテンカレッジとかで、ラウシェンバーグとかサイ・トゥオンブリー。

 

中村:そうやって受け継がれていく。

 

三木:そうですね。だから、やっぱり西洋色彩学の影響はもの凄くあります。

 

中村:でも、日本でそういうフォーマルな絵画の色彩分析ってあんまり読んだことないないですね。

 

三木:ないですね。あるっていう人がいれば教えてもらいたい。

 

中村:情報があれば、みなさんからも教えていただければ幸いです。

 

岩泉:当時、やろうとはしてたんですよね、

 

中村:岩泉さんが古本屋で手に入れた本があるということですが。

 

岩泉:そうですね。これいつでしたっけ、明治ぐらいですよね。『色彩新論」。

 

図4

田口米作《色彩新論》1910年

 

 

中村:みなさんに見せてください。どこで手に入れたんですか。

 

岩泉:ネットの会社です。でも、置いてたのは京都の古本屋さんですね。美術関係を扱ってる所で手に入れたんですけど。

 

中村:明治期の本なんだ。凄いですね。カラー印刷なんですか。

 

岩泉:一部カラーです。明治四三年ですね。中も結構、凝ってるんですね。こういったことを当時やろうとしてたんですけど、書いてた人が亡くなっちゃったらしくて、誰かに引き継いでやったらしいんですけど、そこでたぶん止まっちゃったんじゃないか。

 

三木:この人は日本画家で実践的な人なので、学校教育とは別なんですけど、もう少し実践的な教え方があったんじゃないかという可能性ですね。だから、東京芸大とかではしっかりアカデミックのものが入っていたのは入っていた。ですけど、おそらくもう少し実践的な方法みたいなことは止まってたのかもしれない。

 

中村:作家っていうのは、自分の経験に基づいた色彩の感覚なり理論っていうのはある程度持ってると思うんですけども、アカデミックなものは…。

 

三木:持ってないですからね、元々。

 

中村:そう。だけど、そういうのをもし大学でちゃんと教えることがあれば、作品制作に跳ね返ってくるはずです。

 

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色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (6)

風土による視覚の感覚の違い。地域と移動の問題


 

中村:課題がいくつか見えてきたと思うんですが、具体的に、「色彩と質感の地理学」のタイトルに基づいて、ネーションの問題ではなく、風土によって、色や質感に対する感覚が違ってくるのかという話をしていきましょう。風土によって我々の知覚はどういうふうに変わっていくのか。また僕たちが場所を移動することによっても変わっていくのかという話をしていきたいんですが、「色彩方言」という概念を提唱した本があるそうですね。

 

三木:はい。地域によってなぜ色彩の感性が変わるのか仮説を考えた方がいるので紹介したいと思います。佐藤邦夫さんが書いた『日本列島 好まれる色 嫌われる色 カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』という本です。佐藤さんは色彩学者に留まらなかった人で「感性マーケティング」とか、そういうこともやっておられた方です。この方の本は結構面白いですが、どこまで科学的にこれ分析されたのか、僕も検証できていません。

 ここには「生後18年、どんな緯度の地域に育ち、どんな状況の自然光を浴びて肉体的成長を迎えたかは、私たちの色覚形成と色彩嗜好心理に重大な影響力を及ぼしてるはずである。私たちこれを「色彩方言」(カラー・ダイアレクト)」と名づけたいと思う。」(p.33)と書いています。

 

図18

佐藤邦夫『日本列島 好まれる色 嫌われる色―カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』青娥書房、1999年

 

 

中村:当たり前のことだとは思うのですが、あまり美大ではこういうこと意識して制作することないですよね。最近では地域アートやデザインが流行なので、そうした視点も出てきているのかもしれませんが。

 

三木:佐藤さんは色彩嗜好には年代差、個人差、地域差の3つあると言っています。そして、地域差の環境要因には、5つぐらい項目があると。気温、湿度、日照時間、土質色。そして、自然光です。佐藤さんは自然光の緯度差がかなり大きいと考えているんです。
僕らが議論した中でもやっぱり気候が大きいのではないかという話をしていました。自然光の緯度はどういうところに影響あるかというのは照度、色温度、光の演色性、色順応、恒常性としています。
 色温度というのは、色の中に色みみたいなのがあるっていうことなんですけど、光の演色性というのは、光の色みがものの見えに影響を与えるということです。色順応とか恒常性は知覚の方の問題ですが、色みを補正する脳の機能ですね。で、この本はまた面白いので読んでいただきたいんですけど、太陽光がどういう形で入射するかで地球に浴びてる光の色とか、色の強さとか、色みが違うみたいなことを言っていて、特に日本の緯度は、ちょうど色がすごく変わるところにあって、北海道から沖縄まで緯度がかなり長いので、自然光の色みもかなりバラエティがあるよっていうことを言ってます。
 ここには「このグラフを実証する完全な実証データを得るためには、全国の測候所に精度の高い色温度計を設置し、四季にわたる膨大な観測値を処理する国家的事業を幾年も続けなければならない」って書いてありますけど、たぶん続けられてないので、これがどうなったのか僕にも分からない。この辺はね、ちゃんと科学的にフォローしてない、僕は知らないので教えて欲しいぐらいです。

 

図19

佐藤邦夫『日本列島 好まれる色 嫌われる色―カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』青娥書房、1999年、p.44

 

図20

佐藤邦夫『日本列島 好まれる色 嫌われる色―カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』青娥書房、1999年、p.33

 

 

 で、気候によって結構違う。やっぱり気候は湿度が違うので色の見えがかなり違いますね。空気中に含まれてる湿度によって、どうしても光が分散化したりしますので。特にヨーロッパと日本では夏と冬との湿度が逆なので。夏にからっと晴れないで困ったりしますので、かなり色彩の見方も変わってくるし、こういう海洋と気候によって、潮流によってかなりその気候は影響されてる国なので、日本全国によってかなり色のバラエティがあるということを言っていて、佐藤さんはこういうエリア分けをしてるんですね。

 

図21

佐藤邦夫『日本列島 好まれる色 嫌われる色―カラー・ダイアレクトとテイストバラエティー』青娥書房、1999年、p.124‐125

 

 

中村:これは地方によって、色の傾向なり好き嫌い違いがあるというマップなんですか。

 

三木:色彩の感性をエリア分けしたマップですね。だから、例えば関西だったら建物の中でも土っぽいというか、茶色っぽくなるけど、関東行ったら何となく青っぽくなるみたいなね。

 

中村:今の話につながるのかちょっと分からないのですが、JRのCMって、東京に住んでるとJR東日本ですから、旅行に行くとなると、大体東北に行こうってことになりますね。僕は大阪の出身なんですが、大阪に住んでるとJR西日本、九州に行こうなんですよ。そうするとそれぞれの駅貼りのポスターの色が全然違うんです。東京に来たとき、旅行案内のポスターの印象がなんか地味だなと思って、今度は大阪駅で降りると、宮崎への観光ポスターなんかが貼ってあって、熱帯の鮮やかな花の写真が掲載されているわけです。

 

三木:この本の中ではね、阪急電車の色分けが…。

 

中村:阪急電車といえば、小豆色。確かに阪急電車が東京に走ってたら結構変な感じするかも(笑)。

 

三木:そういうことなんでしょうかね。東京で作ってマーケティングをして、地方で売ったら全然売れないとか、色が映えないとか、そういうことがあるので。

 

中村:ファッション業界の人なら当たり前のことかもしれないですね。

 

三木:地域性みたいなものを考えないと駄目だってことのためにこういう本を書いているんですね。

 

中村:モダニズムにかぶれた東京の美大生はあまり意識してないのでは。

 

三木:そうですよね。でも、絵画でも出身地がどこかで変わる可能性はありますよね。大胆な仮説だと思いますけど、非常に面白いです。

 

中村:ヨーロッパは夏は乾燥してるけど、日本は湿度が高い。まったく状況が違うわけですよね。そういうことでやっぱり表現も変わってくると。印象派もパリで描いてる時と、プロヴァンスに行った時では全然変わってくる。

 

三木:そうですね。だから、その印象派、凄く色彩について自覚的だった印象派が分かりやすいからよく説明しますけど、こういうモネなんかのノルマンディー地方だと思うんですが、北の方の色彩の、

 

図22

クロード・モネ《印象・日の出》(1872)の色立体分布

下:マンセル表色系の色空間、右上:色相・彩度図、右下:明度・彩度図

 

 

中村:北海側ってことですね。地中海側じゃなくて。

 

三木:色立体の色の分布が固まってるんです。凄くたくさんの色を使ってるようなんですけど、色相環の半分ぐらいしか使ってないんですよね。

 

中村:真ん中辺ですね。

 

三木:真ん中辺を使っていて、トーンなんかも中央に固まっていて、そこまで彩度は高い色は使ってないんです。こういう傾向がありますが、ゴッホとかになるとやっぱりこうどんどん外側に外側に行くんですね。照度がかなり違いますんで、色立体の外に外に拡張していく、南下すると。だから、南下するとともに色が拡張していくっていう歴史で、これはシニャックの《アンティーブ》ですが、かなり色全体広がってますね。《ラ・ムラード》いうマティスの絵なんかだともうはみ出してちゃってるわけですね。

 

図23

フィンセント・ファン・ゴッホ《アルルの跳ね橋》(1888)の色立体分布

 

図24

ポール・シニャック《アンティーブ》(1911)の色立体分布

 

 

中村:マティスのこの作品、かなり跳んでますねえ。

 

三木:だから、印象派からフォーヴィスムに至る過程で北の方から南に移動するっていう、やっぱり地理の移動みたいなものをみないと、絵画の歴史も分からないじゃないかっていうようなことですね。

 

中村:一昨日、代官山のアートフロントギャラリーで浅見貴子さんの個展を見たのですが、彼女からボストンに留学していた話を聞いたんですね。彼女は墨と和紙を使って葉と枝をある意味抽象化して描いてるのですが、ボストンに行ったら空気が澄んでいて遠くまではっきり見えるもんだから、葉っぱも枝も遠くまではっきりと描くようになったっていう。もうひとつ、山形にある東北芸術工科大学で教えている三瀬夏之介さんの話をしたいんですが、彼が学生たちと一緒に「東北画」を描くっていうチュートリアルというか、プロジェクトをやってるんですね。ここの寺田倉庫のギャラリーでも展示したこともあります。実は、三瀬さんは三木さんの高校の後輩で奈良の出身なんですよね。そんな彼が東北に行って、「東北画」というものを描くという時に、作品の色がもしかしたら…。

 

三木:そうなんです。三瀬夏之介君、ドロドロっとした色彩を描く人なんですね。だから、東北に行ったらますますドロドロになるんじゃないかっていう。色彩を混ぜてくすむという意味ですよ。失言じゃなくね(笑)。彼は「東北画は可能か?」っていうプロジェクトで、学生と一緒に絵画の共同制作って珍しいことをしてまして。

 

中村:複数の学生で一枚の絵を描くっていうことですよね。

 

三木:それで京都で展覧会をしていたので、見に行ったんですけども、「東北画」っていうので、僕は奈良の人間なので東北について、行ったことはありますけど、そこまで詳しく知らないので。やっぱり雪が多いから彩度が低いと思ったら、わりと彩度が高い絵が多かったんですね。

 

中村:これを見たらさっきのマティスに負けない色の展開ですね。

 

三木:そうですね。それは結構、驚いたんですよね。で、なぜかということ三瀬君に聞いたら、彼の居住しているところは、東北って言っても山形なんですよね。山形盆地なんです。奈良盆地から山形盆地に行ったってことなんですけど。彼は山形の方が視界が広がる時があるんですっていうことを言っていて、その感じ出てるんだと思うんですけど。それで気象庁の年間の湿度を調べてみたんですね。そうすると春先にかけて太平洋側よりもちょっと湿度が下がるんですよね。

 

中村:実はちょっとヨーロッパ型だった。

 

三木:ちょっとヨーロッパ型になるんですよ。だから、冬はもの凄い湿度が高いんですけど春先から湿度がぐっと下がる。

 

中村:今頃は凄く過ごしやすいってことですね。


三木:そうです。だから凄くくっきりはっきり見える。今頃、背景がばっと見えるということが影響あるんじゃないかという仮説を立てて文章を書いたことがあります。僕は東北画のことは絵画運動だというふうに考えていて、それで本当に昔の印象派みたいな北から南に行くじゃなくて、南から北に行ったけれども、それがかえって、鮮やかなものを生み出したということが面白いと思っています。

 

中村:ふたつとも「色彩の地理学」のお手本にふさわしい事例だと思うんですけど、「フランスの色景」でも触れましたが、フランス、日本、地域によって見えかたも、見える色の種類も違うし、色の名前も違ってくる。地域や民族によって色彩感覚、色彩文化が違って、それが色名にも現れてくるということですね。ということで、今の話を引き継いで、色の話から絵具、画材にそのものについてはどうなのかということを、岩泉さんにお話いただきたいんですけども。

 

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色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (7)

画材の特性の観点から見る色彩の地理学



岩泉:僕も元々、日本画専攻出身っていうこともあって、得意な分野で話させてもらうんですけども、大学時代は墨とか膠の研究してて、表現の違いが地理的に顕著に現れてるなと思ったのは、中国の宋時代なんですね。地域性で色が、というか描き方が変わっちゃうんです。尚且つ画材の特性上も変わっちゃうんです。後で顕微鏡の写真見せますが、墨っていうのは、磨る水の硬度で色変わるんです。

 墨を硬水で磨ると、中間の濃さから濃いものまでが一番黒がはっきりと力強く出るんです。逆に淡い色はあんまり綺麗にでないんです。なので、硬水で擦る場合は比較的濃い方のレンジで使うんですね。軟水の場合は反対で薄い墨が綺麗に出ると。透明感のある色が出るんです。逆に濃い方のレンジでいくと、ちょっと黒がぼけちゃうんですね。北宋が硬水、南宋の地域が軟水圏なんです。北宋は硬水なんで、やっぱり絵が黒いんですよ。

 

図5

范寛 《臨流獨座図》 北宋時代 『大観 一生難遇的看』 編集:雄獅美術編輯部 2006年

 

 

中村:コントラストが激しい。

 

岩泉:結構、ガッツリ描くんですよ。で、ちまちま描いてくって感じです。筆致も重ねていくんですよね。なので、色もどんどん濃くなってくし、力強い感じになってく。当時の思想も関わってはくるんですけども。これ仮説なんですが、作家はやはり墨の色を見て綺麗な方を使うと思うので、比較的黒いトーンの方で作り上げていったんじゃないか。北宋の文化圏っていうか、王朝があったところは硬水圏だったんです。それが南宋に移ってくんです。さっきの印象派じゃないんですけど。

 

中村:(プロジェクションを見て)全然違う。

 

三木:淡い。

 

岩泉:淡いんです。で、たまたま南宋の絵描きさんが住んでた地域が湖のほとりだったんですね。面白いことにそこも日本の緑茶みたいなのが、ちょうど栽培されてる地域なんですよ。

 で、湖の水って雨水が溜まった貯水庫なんで、基本的に軟水なんですね。当然、その絵描きさんが住んでる地域で書く絵って全部やっぱり淡墨で描くんですよ。で、尚且つやっぱり軟水ってことは湿潤な気候っていうこともあって、やっぱりこういうふうになっていくんですよね。これも完全に日本の水墨画ですね。

 

図6

作者不明《秋景冬景山水図》 南宋時代 『崇高なる山水』編集:大和文華館2008年

 

図7

伝 牧谿筆《煙寺晩鐘図》 南宋時代 『與衆愛玩 畠山即翁の美の世界』 編集:畠山記念館 2011年

 

 

三木:牧谿さん。

 

岩泉:牧谿さんですよね。じゃあ、日本に移ってくるとどうなるかと。日本、軟水ですよね。やっぱりその墨を磨る時に、日本人の感覚と合ったんですよね。日本の湿潤な空気を墨で表そうと思ったら、やっぱり薄く使って軟水で淡い空気を出せたわけです。そういう意味では凄く水と地域性というか、尚且つ画材が影響していたってことですよね。これもそうですよね。

 

図8

長谷川等伯《松林図屏風》1592年頃 『没後400年 長谷川等伯』東京国立博物館

 


中村:長谷川等伯の「松林図」、木の根元とか、本当に筆致がふにゃふにゃですもんね。びっくりするぐらいふにゃふにゃだから、うわ、こんなんでいいんだって思うものね。


岩泉:そうですね。実はちょうど去年、中国の四川省の方に行ってきたんですけど。峨眉山って山に行ったんです。もう凄い霧がかかちゃってて、本当に一寸先何も見えない状態。霧のせいで若干歪んで見えるというか、やっぱそういう意味ではちょっとひょろっとしてるのは、なんかその歪みなんじゃないか。

 

図9

峨眉山の風景

 


中村:ということは、これは観念的に描かれてるわけではないと。ちゃんと写実なんだ。


岩泉:と思うんです。本当に思います。淡い水墨画のよく煙った感じとかありますけど、本当にそうなんですよね。たぶんここから僕、一番後ろの人全然見えないはずです。でも、晴れた時は一気にすぱーんとさっきの北宋画みたいな風景になるんですよ。だから、やっぱり見てる風景と画材は凄く関係があるのかなと。紙もそうです。

 

中村:紙の話をすれば、西洋の紙は反射しますけど、和紙ってちょっと透けてるっていうか、例えば障子って透けてますよね。

 

岩泉:そうですね。障子なんかもそうですし、構造的にも、屏風は襖の構造ですよね。風土にあった構造になるわけです。日本って特に湿気と乾燥してるって時期が行き来しますよね。ヨーロッパは乾燥してるってイメージありますあけど。その乾燥してる、湿気てるっていうのを繰り返すので、その往復に耐えなきゃいけないので、襖でその構造を作るんですよね。なので、空気が通るような仕組みにしつつ、中にその胴張り、骨紙張りとかだったかな、蓑縛り、だったかな?ちょっと忘れちゃったんですけども。土の入った紙を使うんです。それで、湿気を含ませたりするんです。


中村:土を含ませた紙? 土と一緒に漉くんですか。

 

岩泉:土を漉きこんだ紙があるんですよ。泥間似合紙という湿気を帯びるようにつくられた紙です。もうひとつ、美栖紙って言って胡粉、つまり炭酸カルシウムが入った紙があって、逆にそれが湿気を吸いだしてくれるんです。だから、紙が呼吸するような仕組みになっているんです。今の襖はまったく気にされてないのであれなんですけど。同じように掛け軸でも、その土が入った紙と炭酸カルシウムが入った紙とを何層にもして、湿気に耐えられるようにしてるわけです。
 西洋でやっぱり紙ができなかったっていうのは、水が硬すぎちゃうんです。硬すぎちゃうんでできあがりがばりばりになっちゃうし、カルシウムが雑菌を呼んじゃうんですよね。良い紙ができなかったんです。対して中国では紙が発達する。でも、中国もちょっと水が硬いんで、どうしようかなって考えて、彼らは発酵させたんです。原料を発酵させて、それを柔らかくして漉くことを考えたんです。でも、そうするとちょっと黄色くなるじゃないですか。なんでもそうですけど。漬物もそうです。チーズもそう。なんで、そこに今度白い顔料を入れるんですね。白くするために。

 

中村:染めちゃうんですか。

 

岩泉:染めちゃうんです。で、白くするっていうのが画宣紙の始まりなんですけど。だから、そういう意味で白い紙は弱いんです、やっぱ一度発酵させちゃってるので。でも、日本は軟水なんですよね。だから、煮込めば勝手に原料が柔らかくなるんですよ。柔らかくなるんで繊維の強さは残せたまま漉ける。だから薄くなりつつも強靭な紙が漉ける。

 

中村:なるほど。日本は紙をつくるのに向いている気候、風土がある。

 

岩泉:そうですね。だからこそ紙が発達した。

 

中村:なるほど。和紙ってもの凄く丈夫じゃないですか。僕も絵を描くときに、まず木製パネルに和紙を水張りします。和紙に水を含ませて伸ばした状態にして縁を糊付けすると乾くと綺麗にぴしっと張れる。でも、和紙って強いから、強く張り過ぎるとパネルの方が和紙に引っ張られてひび割れるって話を聞いたことがあります。それぐらい強靭な良い紙ができるっていうのは、まさに日本の気候のおかげだっていうことなんですね。

 

岩泉:だから、そういう意味では地域が持ってる環境とか、地域が画材を育ててるってことは絶対にあると思うんですよね。日本で紙が発達したけど、西洋ではキャンバスを作った。あとは油絵具というものが発達してくわけです。ヨーロッパは乾燥してる地域。油絵具って完全乾燥するのに80年かかるって言われてるんですよね。

 

中村:美大の受験とか、6時間で描くってのはとんでもないことですね。

 

岩泉:そうなんですよね。

 

中村:乾燥剤とか入れるからね。

 

岩泉:そうです。本当に芯の芯まで油だけで乾燥させようと思ったら80年かかるって言うんですね。そういう意味では柔軟性をずっと保ってられるっていう状態ですよね。

 

中村:そうか。修復もしやすいのか。

 

岩泉:なので、そういった意味では油が発達してくっていうのは当然のことなのかなというふうにはなりますね。 


中村:さっき北宋と南宋の違い見ましたが、日本の水墨画は南宋の影響を強く受けてるっていうことですよね。雪舟なんかもモヤモヤ系っていうか、空気遠近法的なイメージありますけど、今回、我々はテーマとして、「日本の画材の魅力」と言ってはいますが、実は「日本」って言ってしまうと水墨画ひとつとっても語りえない部分がたくさんあるということですね。日本だけで考えると見えなくなる部分が多い。

 

岩泉:そうですね。日本の絵画でも、当時は中国の影響が凄く強いわけですから。それを輸入して、数足りないから複製ってわけじゃないですけど、似たようなのを作ってく上でですね、自分たちなりのアレンジが加わってて進化をしていくわけです。

 

中村:単純に日本の画材の魅力って言った時に、日本の国境線で区切ってしまうのではなくて、やっぱり東アジア全体を見ながらという視点が大事だっていう、当たり前ですけど、ありますね。

 

岩泉:水のことをもう少し、これさっき言った水の話です。実際、左側が硬水で硬度が1600ぐらいの水で作った墨なんですね。右側が軟水で作った水です。比較的硬水の方が角が立つんですよね。やっぱり磨ってもらうのが一番分かりやすいんですけど、磨るとね、ガリガリガリガリ音するんです。軟水と磨るとヌルっとする。音しないんです。なぜかというと墨の中に入ってる膠が原因なんです。それが溶け出すか、溶け出さないかの差なんです。硬水の方は直に墨と硯が当たるんですよね。なので角が立っちゃうんです。でも、軟水の方は膠が溶け出すので潤滑油になるんですよね。なので、すっすっとやると丸くなってく。河原の石みたいな状態ですよね。それが最終的な色の発色の影響に出てくるってことなんです。だからいろんな諸条件で変わってきますよっていうのが、さっきの画像だったんです。

 硯に関しては取れた地域で水の影響があって、石が生成されるわけですから、石肌も変わってきちゃうし、日本の硯と比較しても石質が違うので、当然同じ墨を使っても硯が違うと色が変わっちゃうんです。

 

図10

軟水・硬水での磨墨液の比較写真 『墨の五彩』著:岩泉慧 2011年

 

図11

硯の違いが生む磨墨液の比較写真 『墨の五彩』著:岩泉慧 2011年

 

 

中村:お茶でも書道でも日本画でもいいですけど、道具になかり細かくこだわる方、僕はちょっと苦手なんですけど(笑)、やっぱり道具は風土によって培われ、表現に大きく影響を与えると。

 

岩泉:そうですね。マジックワードで語っちゃうから訳分からなくなるんですね。

 

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