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色彩と質感の地理学−日本と画材をめぐって (7)

画材の特性の観点から見る色彩の地理学



岩泉:僕も元々、日本画専攻出身っていうこともあって、得意な分野で話させてもらうんですけども、大学時代は墨とか膠の研究してて、表現の違いが地理的に顕著に現れてるなと思ったのは、中国の宋時代なんですね。地域性で色が、というか描き方が変わっちゃうんです。尚且つ画材の特性上も変わっちゃうんです。後で顕微鏡の写真見せますが、墨っていうのは、磨る水の硬度で色変わるんです。

 墨を硬水で磨ると、中間の濃さから濃いものまでが一番黒がはっきりと力強く出るんです。逆に淡い色はあんまり綺麗にでないんです。なので、硬水で擦る場合は比較的濃い方のレンジで使うんですね。軟水の場合は反対で薄い墨が綺麗に出ると。透明感のある色が出るんです。逆に濃い方のレンジでいくと、ちょっと黒がぼけちゃうんですね。北宋が硬水、南宋の地域が軟水圏なんです。北宋は硬水なんで、やっぱり絵が黒いんですよ。

 

図5

范寛 《臨流獨座図》 北宋時代 『大観 一生難遇的看』 編集:雄獅美術編輯部 2006年

 

 

中村:コントラストが激しい。

 

岩泉:結構、ガッツリ描くんですよ。で、ちまちま描いてくって感じです。筆致も重ねていくんですよね。なので、色もどんどん濃くなってくし、力強い感じになってく。当時の思想も関わってはくるんですけども。これ仮説なんですが、作家はやはり墨の色を見て綺麗な方を使うと思うので、比較的黒いトーンの方で作り上げていったんじゃないか。北宋の文化圏っていうか、王朝があったところは硬水圏だったんです。それが南宋に移ってくんです。さっきの印象派じゃないんですけど。

 

中村:(プロジェクションを見て)全然違う。

 

三木:淡い。

 

岩泉:淡いんです。で、たまたま南宋の絵描きさんが住んでた地域が湖のほとりだったんですね。面白いことにそこも日本の緑茶みたいなのが、ちょうど栽培されてる地域なんですよ。

 で、湖の水って雨水が溜まった貯水庫なんで、基本的に軟水なんですね。当然、その絵描きさんが住んでる地域で書く絵って全部やっぱり淡墨で描くんですよ。で、尚且つやっぱり軟水ってことは湿潤な気候っていうこともあって、やっぱりこういうふうになっていくんですよね。これも完全に日本の水墨画ですね。

 

図6

作者不明《秋景冬景山水図》 南宋時代 『崇高なる山水』編集:大和文華館2008年

 

図7

伝 牧谿筆《煙寺晩鐘図》 南宋時代 『與衆愛玩 畠山即翁の美の世界』 編集:畠山記念館 2011年

 

 

三木:牧谿さん。

 

岩泉:牧谿さんですよね。じゃあ、日本に移ってくるとどうなるかと。日本、軟水ですよね。やっぱりその墨を磨る時に、日本人の感覚と合ったんですよね。日本の湿潤な空気を墨で表そうと思ったら、やっぱり薄く使って軟水で淡い空気を出せたわけです。そういう意味では凄く水と地域性というか、尚且つ画材が影響していたってことですよね。これもそうですよね。

 

図8

長谷川等伯《松林図屏風》1592年頃 『没後400年 長谷川等伯』東京国立博物館

 


中村:長谷川等伯の「松林図」、木の根元とか、本当に筆致がふにゃふにゃですもんね。びっくりするぐらいふにゃふにゃだから、うわ、こんなんでいいんだって思うものね。


岩泉:そうですね。実はちょうど去年、中国の四川省の方に行ってきたんですけど。峨眉山って山に行ったんです。もう凄い霧がかかちゃってて、本当に一寸先何も見えない状態。霧のせいで若干歪んで見えるというか、やっぱそういう意味ではちょっとひょろっとしてるのは、なんかその歪みなんじゃないか。

 

図9

峨眉山の風景

 


中村:ということは、これは観念的に描かれてるわけではないと。ちゃんと写実なんだ。


岩泉:と思うんです。本当に思います。淡い水墨画のよく煙った感じとかありますけど、本当にそうなんですよね。たぶんここから僕、一番後ろの人全然見えないはずです。でも、晴れた時は一気にすぱーんとさっきの北宋画みたいな風景になるんですよ。だから、やっぱり見てる風景と画材は凄く関係があるのかなと。紙もそうです。

 

中村:紙の話をすれば、西洋の紙は反射しますけど、和紙ってちょっと透けてるっていうか、例えば障子って透けてますよね。

 

岩泉:そうですね。障子なんかもそうですし、構造的にも、屏風は襖の構造ですよね。風土にあった構造になるわけです。日本って特に湿気と乾燥してるって時期が行き来しますよね。ヨーロッパは乾燥してるってイメージありますあけど。その乾燥してる、湿気てるっていうのを繰り返すので、その往復に耐えなきゃいけないので、襖でその構造を作るんですよね。なので、空気が通るような仕組みにしつつ、中にその胴張り、骨紙張りとかだったかな、蓑縛り、だったかな?ちょっと忘れちゃったんですけども。土の入った紙を使うんです。それで、湿気を含ませたりするんです。


中村:土を含ませた紙? 土と一緒に漉くんですか。

 

岩泉:土を漉きこんだ紙があるんですよ。泥間似合紙という湿気を帯びるようにつくられた紙です。もうひとつ、美栖紙って言って胡粉、つまり炭酸カルシウムが入った紙があって、逆にそれが湿気を吸いだしてくれるんです。だから、紙が呼吸するような仕組みになっているんです。今の襖はまったく気にされてないのであれなんですけど。同じように掛け軸でも、その土が入った紙と炭酸カルシウムが入った紙とを何層にもして、湿気に耐えられるようにしてるわけです。
 西洋でやっぱり紙ができなかったっていうのは、水が硬すぎちゃうんです。硬すぎちゃうんでできあがりがばりばりになっちゃうし、カルシウムが雑菌を呼んじゃうんですよね。良い紙ができなかったんです。対して中国では紙が発達する。でも、中国もちょっと水が硬いんで、どうしようかなって考えて、彼らは発酵させたんです。原料を発酵させて、それを柔らかくして漉くことを考えたんです。でも、そうするとちょっと黄色くなるじゃないですか。なんでもそうですけど。漬物もそうです。チーズもそう。なんで、そこに今度白い顔料を入れるんですね。白くするために。

 

中村:染めちゃうんですか。

 

岩泉:染めちゃうんです。で、白くするっていうのが画宣紙の始まりなんですけど。だから、そういう意味で白い紙は弱いんです、やっぱ一度発酵させちゃってるので。でも、日本は軟水なんですよね。だから、煮込めば勝手に原料が柔らかくなるんですよ。柔らかくなるんで繊維の強さは残せたまま漉ける。だから薄くなりつつも強靭な紙が漉ける。

 

中村:なるほど。日本は紙をつくるのに向いている気候、風土がある。

 

岩泉:そうですね。だからこそ紙が発達した。

 

中村:なるほど。和紙ってもの凄く丈夫じゃないですか。僕も絵を描くときに、まず木製パネルに和紙を水張りします。和紙に水を含ませて伸ばした状態にして縁を糊付けすると乾くと綺麗にぴしっと張れる。でも、和紙って強いから、強く張り過ぎるとパネルの方が和紙に引っ張られてひび割れるって話を聞いたことがあります。それぐらい強靭な良い紙ができるっていうのは、まさに日本の気候のおかげだっていうことなんですね。

 

岩泉:だから、そういう意味では地域が持ってる環境とか、地域が画材を育ててるってことは絶対にあると思うんですよね。日本で紙が発達したけど、西洋ではキャンバスを作った。あとは油絵具というものが発達してくわけです。ヨーロッパは乾燥してる地域。油絵具って完全乾燥するのに80年かかるって言われてるんですよね。

 

中村:美大の受験とか、6時間で描くってのはとんでもないことですね。

 

岩泉:そうなんですよね。

 

中村:乾燥剤とか入れるからね。

 

岩泉:そうです。本当に芯の芯まで油だけで乾燥させようと思ったら80年かかるって言うんですね。そういう意味では柔軟性をずっと保ってられるっていう状態ですよね。

 

中村:そうか。修復もしやすいのか。

 

岩泉:なので、そういった意味では油が発達してくっていうのは当然のことなのかなというふうにはなりますね。 


中村:さっき北宋と南宋の違い見ましたが、日本の水墨画は南宋の影響を強く受けてるっていうことですよね。雪舟なんかもモヤモヤ系っていうか、空気遠近法的なイメージありますけど、今回、我々はテーマとして、「日本の画材の魅力」と言ってはいますが、実は「日本」って言ってしまうと水墨画ひとつとっても語りえない部分がたくさんあるということですね。日本だけで考えると見えなくなる部分が多い。

 

岩泉:そうですね。日本の絵画でも、当時は中国の影響が凄く強いわけですから。それを輸入して、数足りないから複製ってわけじゃないですけど、似たようなのを作ってく上でですね、自分たちなりのアレンジが加わってて進化をしていくわけです。

 

中村:単純に日本の画材の魅力って言った時に、日本の国境線で区切ってしまうのではなくて、やっぱり東アジア全体を見ながらという視点が大事だっていう、当たり前ですけど、ありますね。

 

岩泉:水のことをもう少し、これさっき言った水の話です。実際、左側が硬水で硬度が1600ぐらいの水で作った墨なんですね。右側が軟水で作った水です。比較的硬水の方が角が立つんですよね。やっぱり磨ってもらうのが一番分かりやすいんですけど、磨るとね、ガリガリガリガリ音するんです。軟水と磨るとヌルっとする。音しないんです。なぜかというと墨の中に入ってる膠が原因なんです。それが溶け出すか、溶け出さないかの差なんです。硬水の方は直に墨と硯が当たるんですよね。なので角が立っちゃうんです。でも、軟水の方は膠が溶け出すので潤滑油になるんですよね。なので、すっすっとやると丸くなってく。河原の石みたいな状態ですよね。それが最終的な色の発色の影響に出てくるってことなんです。だからいろんな諸条件で変わってきますよっていうのが、さっきの画像だったんです。

 硯に関しては取れた地域で水の影響があって、石が生成されるわけですから、石肌も変わってきちゃうし、日本の硯と比較しても石質が違うので、当然同じ墨を使っても硯が違うと色が変わっちゃうんです。

 

図10

軟水・硬水での磨墨液の比較写真 『墨の五彩』著:岩泉慧 2011年

 

図11

硯の違いが生む磨墨液の比較写真 『墨の五彩』著:岩泉慧 2011年

 

 

中村:お茶でも書道でも日本画でもいいですけど、道具になかり細かくこだわる方、僕はちょっと苦手なんですけど(笑)、やっぱり道具は風土によって培われ、表現に大きく影響を与えると。

 

岩泉:そうですね。マジックワードで語っちゃうから訳分からなくなるんですね。

 

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芸術色彩研究会(芸色研)は、芸術における色彩に関する研究を行い、色彩から芸術やその奥にある感覚や認知、感性を読み解き、実践的な創作や批評に活かすことを目指します。ここで指す色彩は、顔料や染料、あるいはコンピュータなどの色材や画材だけではなく、脳における色彩情報処理、また素材を把握し、質感をもたらす要素としての色彩、あるいは気象条件や照明など、認知と感性に大きな影響を及ぼす色彩環境を含むものであり、芸術史を感覚史的に読み直すことでもある。創造行為としての芸術は、環境と脳を含む身体の不断のフィードバッグの成果であり、芸術色彩研究会(芸色研)では、その情報交換を読み解く鍵として色彩を位置付けていく。
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